「わが子の場合は?」——胸骨圧迫で、変わることと変わらないこと
いざというときの行動知識
「わが子の場合は?」——胸骨圧迫で、変わることと変わらないこと
いざというときの行動知識
この記事は、本質の防災4STEPの「STEP4|行動を決める」で心構えを整えたあと、実際の応急手当の基本を扱う記事です。応急手当の基本、やけどの手当に続く、いざというときの行動知識ゾーンの3本目として、対象別に具体的な内容を確認していただけます。
「本当に押していいの?」——そう迷った数秒が、一番もったいないかもしれません。
胸骨圧迫の目的はいつも同じですが、深さや人工呼吸の必要性は、大人と子どもとで少し変わります。今日は、対象別に具体的な基準を確認していきましょう。
30秒でわかるまとめ
このページが目指すこと
この記事は、胸骨圧迫をこの記事だけで習得していただくためのものではありません。「年齢によって、変わることと変わらないことがある」という今の基本的な考え方を、具体的な数字とともに知っておくことが目標です。実際の力加減やテンポは、ぜひ公的機関の救命講習で体験してみてください。
まずは、今実際にどう対応するとされているのかを、確認していきましょう。
この記事でわかること
- 成人の胸骨圧迫の深さ・テンポ・人工呼吸との組み合わせ方
- 乳児・子どもで変わる手技と、人工呼吸を組み合わせることが大切な理由
- 「普段どおりの呼吸かどうかわからない」ときの考え方
- その場に居合わせた人の対応が、結果にどうつながるとされているか
- 「昔はこう習った」が、今も残ってしまう心の仕組み
- 今日から確認できる、身近な一歩
「胸骨圧迫って、赤ちゃんも大人とおなじでいいんだよね?」
実は、深さも人工呼吸の必要性も、少し違うんです。
それでも「わからなくても、まず始める」という考え方は、大人も子どもも変わりません。まずは、その具体的な違いから見ていきましょう。
目の前で人が倒れたら、あなたは動けますか
胸骨圧迫のやり方は、講習で一度は習ったことがあるという方も多いのではないでしょうか。それでも、いざという場面を想像すると「本当にこの強さで押していいのか」「これは普段どおりの呼吸なのか、それとも違うのか」と、手が止まってしまいそうになる——そんな不安を感じる方は少なくありません。
特に、赤ちゃんや小さな子どもが対象になると、迷いはさらに大きくなります。大人の胸骨圧迫はなんとなく覚えていても、「わが子の場合はどうすればいいのか」がわからない、という声を、これまで数えきれないほど聞いてきました。
年齢によって変わることと、変わらないこと。その両方を、この記事で一緒に確認していきます。
大人は知っていても、赤ちゃんはわからない
応急手当講習で胸骨圧迫・心肺蘇生についてお伝えする中で、繰り返し受ける質問があります。「大人と子どもで、やり方は違うんですか?」というものです。とりわけ赤ちゃん連れの保護者の方からは、「うちの子の場合はどうすればいいですか」と聞かれることがよくありました。大人の胸骨圧迫はなんとなく知っていても、乳児の場合はよくわからない、という方がほとんどです。
中でも多いのが、「本当に胸骨圧迫をしていいのか迷う」という質問と、「普段どおりの呼吸かどうか、自分に見分けがつくか心配です」という質問です。心停止の直前・直後には、しゃくりあげるような不規則な呼吸(死戦期呼吸)が見られることがあり、これを「呼吸している」と誤解してしまうことがあります。講習では、この死戦期呼吸を実際に実演してお見せし、「これは普段どおりの呼吸とは言いません。このような呼吸のときは、ただちに胸骨圧迫を始めてください」とお伝えすることを、何度も重ねてきました。
実際の消防活動の現場でも、胸骨圧迫を実施する場面は数多くありました。その中でよく感じてきたのは、心停止が起きたときに周りに人が少ないと、倒れたことに気づくのが遅れ、119番通報も遅れてしまう、ということです。気づきの早さ・通報の早さが、その後の結果を大きく左右すると、現場で繰り返し感じてきました。
昔と今とで、教わり方が変わっている部分は確かにあります。それでも、救命したいという目的は昔も今も同じです。わからないからといって、何もせずにただ見ているだけになってしまうことが、一番避けたいことだと感じています。ここから、対象別に今の正しい情報を具体的に確認し、最後に、古い情報が今も残ってしまう理由にも軽く触れていきます。
1つ目|成人は、胸の真ん中を約5cm・100〜120回のテンポで
目の前で倒れた人が反応せず、普段どおりの呼吸がない、またはわからないときは、ただちに胸骨圧迫を始めます。周囲に助けを求めて119番通報とAEDの手配を依頼しながら、次の基準で圧迫を続けます。
- 圧迫する場所:胸の真ん中(胸骨の下半分)
- 深さ:胸が約5cm沈む強さで(6cmを超えない程度)
- テンポ:1分間に100〜120回
- 組み合わせ:胸骨圧迫30回に対して人工呼吸2回
- 圧迫を絶え間なく続け、AEDが届いたらすぐに使用する
人工呼吸に抵抗がある、あるいはやり方に自信が持てないという場合は、胸骨圧迫だけを絶え間なく続ける方法(胸骨圧迫のみの心肺蘇生)でもよいとされています。訓練を受けていない市民の場合は、まず胸骨圧迫を優先することが基本とされています。
2つ目|乳児・子どもは、深さが変わり、人工呼吸も大切になる
乳児(1歳未満)・子どもの場合、圧迫する場所は成人と同じく胸の真ん中ですが、深さと手の使い方が変わります。
- 手技:片手の指2本(中指・薬指)で、左右の乳頭を結んだ線の少し足側を圧迫
- 深さ:胸の厚さの約3分の1
- テンポ・組み合わせ:成人と同じく100〜120回/分、30:2
- 手技:体格に応じて片手、または両手(成人と同じ方法)
- 深さ:胸の厚さの約3分の1
- テンポ・組み合わせ:成人と同じく100〜120回/分、30:2
もう一つ、大人との大きな違いが人工呼吸の重要性です。成人の心停止は循環そのものの異常が原因であることが多いのに対し、乳児・子どもの心停止は、窒息など呼吸に関わる原因から起こることが少なくないとされています。そのため、人工呼吸の技術があり、行う意思があるなら、胸骨圧迫に人工呼吸を組み合わせて行うことが大切だとされています。胸骨圧迫で血の流れをつくることと、人工呼吸で酸素を届けること。赤ちゃんの場合は、その両方が救命につながると考えられています。もちろん、ためらわれる場合や状況が許さない場合は、胸骨圧迫だけを続けることが優先されます。
AEDについては、未就学児用のパッド・モードがあれば優先して使用します。ない場合は、パッド同士が触れ合わないよう注意した上で、通常のパッドを使用してよいとされています。
3つ目|迷ったときの答えは「様子を見る」ではなく「始める」
「普段どおりの呼吸かどうか、自分に判断できるか不安」という声はとても多く聞きます。心停止の直前・直後には、しゃくりあげるような、途切れ途切れの異常な呼吸(死戦期呼吸)がみられることがあり、一見「呼吸しているように」見えてしまうことがあります。これが、胸骨圧迫を始める判断を遅らせてしまう一因になっています。
- 呼吸の確認は10秒以内を目安にする
- しゃくりあげるような不規則な呼吸は、普段どおりの呼吸とはみなさない
- 判断に迷う場合は、心停止とみなしてただちに胸骨圧迫を開始する
つまり、迷ったときの答えは「様子を見る」ではなく「始める」です。胸骨圧迫は、たとえ心停止でなかったとしても、大きな害にはならないとされています。動かない・確信が持てないことのほうが、結果として一番のリスクになります。
総務省消防庁が2026年1月に公表した「令和7年版 救急・救助の現況」(令和6年中のデータ)によれば、一般市民に目撃された心原性の心肺機能停止のうち、その場に居合わせた人による応急手当(バイスタンダーCPR)が行われた場合の1か月後生存率は約15.3%、社会復帰率は約10.4%であるのに対し、行われなかった場合はそれぞれ約7.9%、約3.7%にとどまるとされています。市民によるAEDの使用まで行われた場合は、1か月後生存率が約53.6%、社会復帰率が約44.4%まで高まるとされています。現場で感じてきた「気づきの早さ・通報の早さが結果を左右する」という実感は、この数字とも重なるものです。
4つ目|「昔はこう習った」を、責めずにアップデートする
「昔は、脈を確認してから始めると習った」「人工呼吸を必ずセットで行うと聞いた」——こうした声は、講習の場で今でも耳にします。手順は見直しが重ねられており、以前の情報のままでは実際の対応とずれてしまうことがあります。
一度覚えた情報は、それが更新された後も記憶に残り続けやすいことが知られています。心理学者のStephan Lewandowsky氏らが2012年に発表した分析(Psychological Science in the Public Interest誌)では、誤った情報や古くなった情報は、訂正版が示された後も判断に影響を与え続けることがあると報告されています。誰かの理解が古いままなのは、意識が低いからではなく、人の記憶の仕組みそのものによるものだと考えられています。
古い知識を持っていたこと自体を気にする必要はありません。大切なのは、「昔はこうだった」を責めることではなく、「今はこう変わっている」を確認する習慣を持つことです。救命したいという目的は、昔も今も変わりません。
この記事で参考にした情報
本文中で紹介した内容は、以下の公的機関・研究にもとづいています。最新の内容は、各リンク先で随時更新されています。
- こども家庭庁もしもの時の「応急手当方法」 記事を見る ›
- 日本医師会救急蘇生法|心肺蘇生法の手順 記事を見る ›
- 日本医師会救急蘇生法|子どもの一次救命処置 記事を見る ›
- 国立循環器病研究センター救急蘇生法:ハンズオンリーCPR 記事を見る ›
- 日本救急医療財団救急蘇生法の指針2020 市民用 記事を見る ›
- 総務省消防庁令和7年版 救急・救助の現況(令和6年中のバイスタンダーCPR実施状況) 記事を見る ›
- 学術研究(参考)Lewandowsky et al. (2012) Misinformation and Its Correction 論文を見る ›
実際の手技は、消防署や日本赤十字社の救命講習で確認・練習しておくことをおすすめします。
数字を覚えることより、「わからなくても、まず動く」という感覚のほうが大切だと感じています。深さや回数は、目の前でとっさに正確に測れるものではありません。迷ったら始める、続ける。それだけで十分です。
倒れたのが浴槽の中や水の事故のときも、意識がなく普段どおりの呼吸がなければ、胸骨圧迫の基本的な考え方は変わりません。原因が何であれ、「わからないから動かない」が一番のリスクになる、という点は共通しています。
今日からできる、3つの小さな一歩
すべてを一度に覚え直す必要はありません。まずは1つだけ試してみてください。
死戦期呼吸は「普段どおりの呼吸ではない」と、まず言葉だけ覚えておく
「迷ったら始める」を、家族や身近な人と一度話しておく
お住まいの消防署等の救命講習で、実際の力加減・テンポを一度体験してみる
まずは今日、ひとつ確認してみるところから。それだけで十分な一歩です。
とらまるくんと考えてみよう
もし今、目の前で誰かが倒れたら、あなたは動けそうですか。完璧でなくていい、と知っておくだけでも、最初の一歩は変わってきます。
胸骨圧迫 よくある質問
大人と子どもで、胸骨圧迫の深さはどれくらい違いますか?
成人は胸が約5cm沈む強さが目安とされています。子ども・乳児は「胸の厚さの約3分の1」が目安で、体格によって成人より浅くなります。テンポ(1分間に100〜120回)と、胸骨圧迫30回・人工呼吸2回の組み合わせ自体は、年齢を問わず共通です。
普段どおりの呼吸かどうか、自信がありません。どう判断すればいいですか?
10秒以内を目安に胸とお腹の動きを確認し、判断に迷う場合は心停止とみなして、ただちに胸骨圧迫を始めることが基本とされています。しゃくりあげるような不規則な呼吸(死戦期呼吸)は、普段どおりの呼吸とはみなしません。
人工呼吸はしなくても大丈夫ですか?
成人の場合、人工呼吸をためらう、またはやり方に自信が持てないときは、胸骨圧迫だけを絶え間なく続ける方法でもよいとされています。乳児・子どもの場合は、技術があり行う意思があれば人工呼吸を組み合わせることが望ましいとされていますが、それが難しい場合は胸骨圧迫だけを続けることが優先されます。
AEDのパッドは、子どもと大人で違いますか?
未就学児用のパッド・モードがある場合はそちらを優先して使用します。ない場合は、パッド同士が触れ合わないよう注意した上で、通常のパッドを代用してよいとされています。
昔、脈を確認してから始めると習った気がします。今も同じですか?
手順は見直しが重ねられており、現在は反応と普段どおりの呼吸の有無で判断し、脈の確認にこだわらずに胸骨圧迫を開始することが基本とされています。以前に習った内容と違うと感じた場合は、最新の講習で確認しておくと安心です。
この記事のポイント
- 成人の深さは約5cm、子ども・乳児は胸の厚さの約3分の1が目安とされている。
- テンポは1分間に100〜120回、胸骨圧迫30回:人工呼吸2回が基本の組み合わせとされている。
- 乳児・子どもは、可能であれば人工呼吸を組み合わせることが大切だとされている。
- 普段どおりの呼吸か迷ったら、それは「始めていい」サインだとされている。
- その場に居合わせた人の応急手当・AEDの使用が、生存率・社会復帰率を大きく高めるとされている。
- 「わからないから動かない」が一番のリスクになる。
まとめ
胸骨圧迫は、年齢によって深さや人工呼吸との組み合わせ方が変わります。それでも、「普段どおりの呼吸がなければ、迷わず胸の真ん中を圧迫する」という核となる考え方は、大人も子どもも変わりません。
数字を完璧に覚えることよりも、「わからなくても、まず動いていい」と知っておくこと。それが、いざというときの数十秒を変えてくれます。
日常を整えることが、そのまま非常時の安心につながる。
とらまる
一緒に学ぶ仲間
白いしっぽの先がチャームポイントの、好奇心いっぱいのトラの子。わからないことは素直に「どうして?」と聞くのが得意で、みんなの「聞きたいけど聞けない」を代わりに聞いてくれます。
ふくぼう先生からもらった「まなびのスカーフ」が自慢です。
▶ とらまるのプロフィールはこちら ›関連記事
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