マンションで地震のあと、水は出るのに流してはいけないことがある
STEP2|家の設計図
マンションで地震のあと、水は出るのに流してはいけないことがある
水が出た。よかった。——その次に、もうひとつだけ確かめてほしいことがあります。蛇口が教えてくれるのは「入ってくる水」のことだけで、「出ていく水」のことは、また別の話だからです。
マンション暮らしの静かさや身軽さは、たくさんの設備をご近所と分け合うことで成り立っています。水まわりも同じで、水を届ける道と、水を運び出す道は、それぞれ別に走っています。そのことを知っているだけで、地震のあとの数時間が、ずいぶん違ってきます。
30秒でわかるまとめ
このページが目指すこと
排水の仕組みにくわしくなっていただこう、という記事ではありません。
「水が出るかどうか」と「流していいかどうか」は、別の話。そして、確かめる順番と、決める人がだれなのか。この2つだけ持って帰っていただけたら、じゅうぶんだと思っています。
この記事でわかること
- 水が出ることは、排水管まで無事という意味ではないこと
- 地震のあとに確かめる順番(下水道の使用制限 → 家の排水設備)
- 上下階と管を分け合っているマンションで、傷んだまま流すと何が起きるか
- おうちの中でできる、便座の蓋を使った確かめ方
- いつから使っていいかを決めるのは管理組合で、ひとりでは決められないこと
- 給水方式は4通りあって、停電したときの水の出方が違うこと
- 使えるようになったあとの、バケツでの流し方と紙の扱い
- 付録として、戸建ての場合に公共汚水桝で確かめる手順
「水が出るなら、トイレも流していいんじゃないの?」

地震のあとに蛇口をひねったら、水がふつうに出たんだって。だったら、トイレも流していいんじゃないの?

そう思いますよね。私も、長いあいだ同じように考えていました。
ただ、水が出るというのは、水を届けるほうの設備が無事だった、という話なんです。トイレを流すときに働くのは、水と汚れを運び出すほうの設備で、こちらはまた別。
片方が元気でも、もう片方も元気とはかぎらない。とくにマンションだと、その差が下の階の暮らしに出てしまうことがあるんです。
断水していない。水は出る。それでも、流していいとはかぎらない
地震のあと、まっさきに蛇口をひねる方は多いと思います。水が出れば、ほっとしますよね。ふだんどおりの朝が戻ってきた気がして、そのままトイレのレバーに手が伸びる。ごく自然なことだと思います。
ただ、家の水まわりには「入ってくる道」と「出ていく道」の2本があります。蛇口が教えてくれるのは、入ってくる道のことだけ。出ていく道が無事かどうかまでは、分からないんです。
そしてマンションでは、その出ていく道を、上の階の方とも下の階の方とも一緒に使っています。だからこの記事は、マンションを本編にしました。戸建てにお住まいの方は、いちばん最後の付録をご覧ください。今日ひとりで確かめられる手順を置いてあります。
この記事が、何をもとに書かれているか
マンションのトイレをいつから使っていいのか。この問いには、公益社団法人 空気調和・衛生工学会がまとめた「集合住宅の『災害時のトイレ使用マニュアル』作成手引き」があります。マンションごとに自分たちのルールを作るための、下敷きになる資料です。
この手引きについては、住宅金融支援機構の季報「住宅金融」に、作成に関わった木村洋氏(博士(工学)・技術士〈上下水道部門〉)の解説が載っています。この記事は、おもにこの2つと、東京都下水道局の案内を読んで書きました。
ひとつだけ、先にお伝えしておきます。この手引きは「作って終わり」のものとしては書かれていません。過去の教訓や経験を十分に反映できているか、という疑問が残る——手引き自身がそう述べたうえで、使いながら見直していくものだと位置づけています。
ですのでこの先に書くことも、動かない正解ではありません。いまの時点でいちばん確からしい考え方、というくらいに受け取っていただけたらと思います。
上の階も下の階も、1本の管を分け合っている
マンションの各お部屋から出た水は、建物を上から下まで通っている太い管に集まります。これを排水立て管といいます。立て管は下の階で横向きの管につながって、そこから建物の外へ出ていく。木村氏の解説にあるとおり、いくつものお部屋の排水が、同じ1本を通っているわけです。
傷んだまま流すと、下の階で何が起きるか
地震で管がずれたり、傾きが逆になったり、途中がふさがったりすると、流した水と汚れの行き場がなくなります。学会の手引きは、そのときに下の階の便器で封水が跳ね出したり、排水があふれたりすることがあると書いています。木村氏の解説にも、壊れたまま流すと、ほかのお部屋で行き場をなくした汚水があふれるおそれがある、とあります。
東京都下水道局も、配管が壊れていると下水が詰まって汚水が逆流したり、壊れたところから噴き出すことがあるとしたうえで、「特に集合住宅の場合は、下の階のお宅へ汚水が逆流する場合があります」と、はっきり書いています。
便器や排水口の内側に、いつも少しだけたまっている水のことです。下水のにおいや空気がお部屋に上がってこないよう、水でふたをしてくれています。管の中の圧力が急に動くと、このふたが押し上げられて、あふれ出てしまうことがあります。
つまり、困ったことが起きるのは、流した本人のお部屋とはかぎらないんです。自分の家の中だけで話が終わらない。ここが、戸建てとのいちばん大きな違いだと思います。
①地域に使用制限が出ていないか ②家の排水設備は無事か
では、何から見ればいいのか。東京都下水道局の案内には、その順番がきれいに示されています。
使用制限は、どうやって知らされるのか
下水道局のホームページへの掲載、チラシの配布、そして区の広報ネットワーク——防災無線、区報、広報車です。停電でスマートフォンが心もとないときほど、外から聞こえてくる声や、掲示板の紙が頼りになります。窓を少し開けて耳をすませる、というのも立派な情報収集です。
排水設備は、住んでいる方の財産にあたります。そのため災害のときでも、修理や手入れはご自身の費用で行うことになります。集合住宅にお住まいなら、まずは管理会社へ。東京都下水道局も、そう案内しています。同じページには「排水設備防災ハンドブック」も置かれていて、確認や修理を頼むときの流れがまとめられています。
便座の蓋を閉めておいて、あとで裏を見る
木村氏の解説に、道具のいらない見方が紹介されています。便座の蓋を閉めておいて、しばらくしてから開け、蓋の裏側に水滴がついていないかを見るという方法です。
立て管の中で圧力が動くと、封水が跳ね上がって蓋の裏に水滴が残ります。蓋を閉めておけば、その跡が消えずに残ってくれる。自分が見ていないあいだに起きたことを、あとから教えてもらえるわけです。とても地味ですが、私はこれがいちばん賢い方法だと感じています。
- 便器や排水口の水の高さが、いつもと違っていないか
- 洗面所・お風呂・台所の排水口から、においが上がってきていないか
- 壁や床に、しみや濡れが出ていないか(解説では、壁の中の漏れを見ることにも触れられています)
濡れていない、いつもと変わらない。それは、とても心強い知らせです。ただ、これで「もう大丈夫」と決まるわけではありません。ここから先が、マンションならではの話になります。
いつから使っていいかを決めるのは、管理組合
立て管も、その先の横の管も、お部屋の外にある共用の設備です。ですから、自分の家の中だけを見て「うちは大丈夫だから流そう」とは決められません。季報の解説では、決められた箇所を見て回り、使っていいかどうかを判断するのは管理組合だとされています。
少し不自由に感じるかもしれません。でも見方を変えると、ひとりで抱え込まなくていいということでもあります。
「震度いくつから」という数字は、決まっていません
学会の手引きには、マニュアルを動かすのは一般的には震度5以上のとき、という記述があります。ただしそれは目安で、停電や断水の様子を見ながら柔軟に決めるものだ、とも書かれています。
季報の解説はもう一歩踏み込んでいて、動かすタイミングに標準的な基準はないとしています。危ないほうを避けるのか、暮らしやすさを取るのか。そこはマンションごとに、管理組合が決めること。そういう整理です。
だからこの記事は、震度の数字を見出しにしていません。数字はスタート地点であって、答えそのものではないからです。
それでも、住んでいる人にできることがあります
管理組合や管理会社の連絡先。災害のときに掲示が出る場所。この2つを知っているだけで、当日の動きはずいぶん変わります。「誰に聞けばいいか分からない」という時間を、まるごと減らせるからです。
給水方式は4通り。停電したときの出方が違います
ここまでは「出ていく道」の話でした。もう一方の「入ってくる道」も、マンションでは建物によって仕組みが違います。学会の手引きは、給水方式を4つに分けて、停電したときにどうなるかを説明しています。
手引きは、自分の建物がどの方式なのかを確かめておきましょう、と呼びかけています。方式が分かっていると、水が出ないときに「地域が断水しているのかな」「それともポンプが止まっているだけかな」と、落ち着いて考えられます。
そして、どの方式であっても、水が出ることと、流していいことは別の話。ここは変わりません。
バケツで3〜6リットル。紙は流さず、別にまとめる
点検が済んで、使っていいことになったとします。そのときも、いつもどおりレバーを回すのではなく、バケツで流す形が想定されています。
学会の手引きが挙げている水の量は3〜6リットルくらい。バケツ1杯ぶんです。木村氏の解説では、便器の中のものを後ろから押し出すように流すと少ない水で足りること、タンクからのいつもの洗浄はあまり勧められないことが説明されています。
手引きも解説も、紙は流さずにごみとしてまとめる、としています。流す水が少ないぶん、紙が管の中に残りやすいからです。ふた付きの入れ物とポリ袋をトイレのそばに置いておくと、その場で迷わずに済みます。
次の人のために、バケツへ水を汲んで戻す
長年の現場経験の中で、水が止まった建物のトイレを、バケツに汲んだ水で流す場面に立ち会ったことがあります。
そのとき印象に残っているのは、流し方そのものよりも、使い終わった人が、次の人のためにバケツへ水を汲んで戻していたことでした。誰かが決めたわけでも、貼り紙があったわけでもありません。次に来る人が困らないように、というだけの動きです。
トイレは、ひとりで使う場所のようでいて、じつは順番に使う場所でもある。マンションの排水が1本の管でつながっている、という話とどこかで重なっているように感じました。
付録:公共汚水桝で、流れを確かめる
戸建ての排水は、よそのお宅とつながっていません。ですから、確かめるのも、そのあとどうするかも、基本的にはご自宅の中で決められます。ここがマンションとの、いちばん大きな違いです。
神奈川県綾瀬市が、災害のときに自宅の下水配管を確かめる方法を案内しています。手順はこうです。
これは綾瀬市の例です。桝の形も色も、蓋の開け方も、連絡先も、自治体によって違います。お住まいの市区町村の下水道担当課の案内を確かめてから動いてくださいね。
「流して確かめる」は、マンションでも否定されていません
集合住宅向けの学会の手引きにも、流れを見て確かめる考え方は出てきます。まず目で見て外まわりを調べ、第一桝にトイレットペーパーを丸めて入れて、しばらくして無くなっているかで流れを見る、という方法です。
つまり、戸建てとマンションで確かめ方の考え方そのものが違うわけではないんですね。違うのは、マンションではその確認と判断を、自分の家の中だけで完結できないという点です。
「水が出るんだから、流していいでしょう」——私も、長いあいだそう思っていました。蛇口が出るかどうかは目に見えます。管の中は見えません。見えるほうを信じてしまうのは、とても自然なことだと思います。
ただ、資料を読んでいくと、見えないほうで何が起きるかは、かなり具体的に書かれていました。行き場をなくした水と空気が圧力になって、下の階の便器で封水が跳ね出す。自分の部屋では何も起きないまま、下の階の床が汚れてしまう。そういう形の困りごとがあるんですね。
数字のことも書いておきます。学会の手引きには「一般的には震度5以上」とあり、季報の解説には「標準的な基準がない」とあります。同じテーマの資料に、数字と「数字はない」が並んでいる。これは食い違いではなく、震度だけでは決められない、という意味だと私は読みました。だからこの記事は、数字ではなく確かめる順番と、決める人を先に置いています。
体のほうの話も、ひとつ添えさせてください。防災ちゃんねるでは、食と健康の備えを国際中医薬膳師の視点も交えてお伝えしています。東洋医学には、水のめぐりをつかさどる働きは冷えや緊張で落ちやすい、という考え方があります。トイレが使いにくいとき、多くの方は知らないうちに水分を控えてしまいます。トイレの話は、水の話であると同時に、体の話でもある。そう考えると、携帯トイレをひとつ置いておくことの意味も、少し変わって見えてきませんか。
水が出るかどうかと、流していいかどうかは、別の話。
わが家の給水方式を、ひとつ確かめておく
買い足すものはありません。今日は、ひとつだけで大丈夫です。
建物のまわりを一周して、受水槽(地上の大きなタンク)や屋上のタンクが見えるかどうか、眺めてみる
管理組合や管理会社の連絡先が、どこに書いてあるかを見ておく。郵便受けの横、エントランスの掲示板あたりです
今夜から、トイレの蓋を閉めて使ってみる。見た目が整って、においも上がりにくくなります
とくに一歩③は、ふだんは見た目と空気のためのものです。その習慣が、そのまま「あとで蓋の裏を見る」という確かめ方につながっていきます。まず毎日の気持ちよさが増えて、もしものときに役に立つのは、そのあとの話です。
とらまるくんと考えてみよう

そっか。水が出るのは「届く道」の話で、トイレは「出ていく道」の話なんだね。
ぼく、蓋を閉めるのは見た目のためだと思ってたよ。今夜から閉めて使ってみる!
ふだんの習慣が、そのまま確かめる手だてになる。私は、この話のいちばん好きなところがそこなんです。
それからもうひとつ。マンションでは、使っていいかを決めるのはひとりではありません。不自由なようでいて、それは下の階に暮らす方を守るための仕組みでもあります。連絡先を知っておくことは、その仕組みにそっと加わる準備なのだと思います。
あなたのお住まいでは、災害のときの連絡先は、どこに書いてありますか。
マンションの排水 よくある質問
お風呂や台所の水も、流さないほうがいいですか。
トイレだけの話ではありません。立て管を分け合っているのは、お風呂や台所の排水も同じです。学会の手引きは、点検が済むまでは排水そのものを控える考え方を示しています。まずは、地域に下水道の使用制限が出ていないかと、管理組合・管理会社からの案内を確かめてみてください。
上の階に住んでいます。下の階のことなら、うちには関係ありませんか。
むしろ逆なんです。行き場をなくした水と汚れは下へ向かうので、上の階で流した水が、下の階の便器や排水口から出てきてしまうことがあります。東京都下水道局も「特に集合住宅の場合は、下の階のお宅へ汚水が逆流する場合があります」と書いています。上の階であっても、点検が済むまでは流さない、という考え方が基本とされています。
下水道の使用制限は、どうやって知ることができますか。
東京都下水道局の場合は、局のホームページへの掲載、チラシの配布、区の広報ネットワーク(防災無線・区報・広報車)で知らされます。停電でスマートフォンが心もとないときほど、外から聞こえてくる放送や、掲示板の紙が頼りになります。
震度いくつから気をつければいいですか。
一律の基準はありません。学会の手引きには「一般的には震度5以上」という記述がありますが、あくまで目安とされています。季報の解説では、動かすタイミングに標準的な基準はなく、マンションごとに管理組合が決めるものだと整理されています。数字よりも、確かめる順番と連絡先を知っておくほうが、ずっと役に立ちます。
点検が終わるまで、トイレはどうすればいいですか。
携帯トイレを使う形になります。備え方や使い方は、断水でトイレが流せないとき、携帯トイレも一緒に備えておくでくわしくまとめています。
賃貸のマンションです。だれに聞けばいいですか。
まずは管理会社です。東京都下水道局も、集合住宅の場合は管理会社への問い合わせを案内しています。排水設備は住んでいる方の財産にあたるため、修理の相談も同じ窓口から始まります。連絡先は賃貸借契約書や、エントランスの掲示に書かれていることが多いです。
この記事のポイント
- 水が出ることは、排水管まで無事だという意味ではない。届く道と、出ていく道は別。
- 確かめる順番は、①地域に下水道の使用制限が出ていないか ②家の排水設備が壊れていないか。
- マンションは上下階と立て管を分け合っていて、傷んだまま流すと下の階で封水が跳ね出したり、汚水が逆流したりすることがある。
- おうちの中では、便座の蓋を閉めておいて、あとで蓋の裏が濡れていないかを見る方法がある。
- いつから使っていいかを決めるのは管理組合。震度による一律の基準はない。
- 給水方式は4通りあって、停電したときの水の出方が違う。自分の建物の方式を確かめておく。
- 使えるようになったらバケツで3〜6リットル。トイレットペーパーは流さず、別にまとめる。
- 戸建ては公共汚水桝で流れを確かめられる。ただし手順も連絡先も自治体ごとに違う。
まとめ
蛇口から水が出た。そのときのほっとした気持ちは、本物です。ただ、その水がどこへ行くのかは、もう一度だけ確かめる価値があります。届く道と出ていく道は、別々に走っているからです。
マンションで暮らすということは、見えないところで上下の階とつながっているということでもあります。だから、ひとりでは決められない。裏返せば、ひとりで抱え込まなくていい、ということでもあります。
今日できるのは、連絡先の場所を見ておくことと、トイレの蓋を閉めて使ってみることくらい。どちらも、毎日をちょっと気持ちよくする側の行いです。
日常を整えることが、そのまま非常時の安心につながる。

とらまる
一緒に学ぶ仲間
白いしっぽの先がチャームポイントの、好奇心いっぱいのトラの子。わからないことは素直に「どうして?」と聞くのが得意で、みんなの「聞きたいけど聞けない」を代わりに聞いてくれます。
ふくぼう先生からもらった「まなびのスカーフ」が自慢です。
▶ とらまるのプロフィールはこちら›関連記事
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いただいたご質問は、今後の記事づくりの参考にさせていただきます
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