「笑ってる場合じゃない」と思う時ほど、実は笑うことが大切な理由
フェーズフリーな暮らし|心を整える視点
「笑ってる場合じゃない」と思う時ほど、実は笑うことが大切な理由
本質の防災4STEP
この記事は、本質の防災4STEPの枠組みとは別に、日常の心を整える視点をお伝えする、フェーズフリーな暮らしのコラムです。
大きな出来事が続くと、「笑ってる場合じゃない」という空気が、社会にもそれぞれの心の中にも生まれます。その感覚と、どう付き合っていくかを、少しだけ一緒に考えてみませんか。
笑うことは、つらさを忘れることでも、なかったことにすることでもありません。心と体を守るための、一つの工夫として——今日はその話をお伝えします。
30秒でわかるまとめ
このページが目指すこと
つらい時にも笑うべきだ、と誰かに強制する話ではありません。「笑ってもいいのだ」という選択肢を、心のどこかに置いておいてほしい——それが、この記事でお伝えしたいことです。
今日はまず、「笑うのは不謹慎ではないか」という気持ちに、正面から向き合うところから始めましょう。
この記事でわかること
- 「笑うのは不謹慎」と感じてしまう、心の自然な仕組み
- 笑うことが心と体に与えるとされている働き
- 悲しみと笑いが、同時に存在してよいという考え方
- 無理なく試せる、プロの笑いへの触れ方
「大変なことがあった時、笑ったりしたら、ダメなのかな……?」
実は、笑うことは悪いことではないとされているんです。
つらい気持ちを消すためではなく、心と体を守るための工夫として、笑うことを選択肢に入れておくことが大切だといわれていますよ。
「笑ってる場合じゃない」——その感覚は、自然なものです
大きな出来事が続くと、テレビやSNSは、助け合いを呼びかける言葉や、頑張ろうという呼びかけで埋め尽くされます。それ自体は、間違ってはいません。ただ、その空気が何日も続くと、周囲から少しずつ「笑い」が消えていくことがあります。
「笑ってる場合じゃない」——そう感じることは、決して不自然な反応ではありません。むしろ、多くの人が同じように感じる、ごく自然な心の動きだといえます。今、大きな地震により避難生活を送っている方、余震が続く中で気の休まらない日々を過ごしている方がいらっしゃるかもしれません。そうした状況で「笑う」という言葉自体に、抵抗を感じる方も多いと思います。
ただ、この記事でお伝えしたいのは、その感覚と、笑うことを完全に手放してしまうことは、別の話だということです。悲しみと笑いは、同時に存在してよいものです。
助け合いの呼びかけが響き続ける中で、消えていった「笑い」
長年の消防活動の中で、大規模な災害の被災地支援に携わる機会がありました。当時、テレビやラジオから流れてくるのは、助け合いを呼びかける放送や、「頑張ろう」という言葉ばかりでした。最初のうちは、その言葉に自然と背中を押されている感覚がありました。
けれど、それが何日も続くと、周囲から少しずつ笑いが消えていくのを感じました。誰もが気を張り詰めたまま過ごしていて、「笑うこと」自体が、どこか不謹慎なことのように扱われる空気があったことを、今でも覚えています。
そんな中で、同僚や地域の方とのささいな会話で、思わず笑いが起きた瞬間がありました。その一瞬に感じた安堵感、張りつめていた気持ちが少しゆるむ感覚は、今でもはっきりと覚えています。悲しみや大変さが消えたわけではありません。それでも、その一瞬があったから、また次の一日に向き合えた——そんな感覚でした。
ここからは、この体験が実際にどういう意味を持つのか、専門的な知見から確かめていきましょう。
1つ目|「笑ってる場合じゃない」と感じるのは、自然な反応
大きな出来事の直後は、多くの人が緊張状態のまま過ごすことになります。周囲の空気を読み、「不謹慎だと思われたくない」という気持ちが自然と働きやすくなるのは、社会の中で生きている以上、ごく自然な反応だと考えられています。
「笑ってはいけない」という空気を感じてしまうこと自体は、周囲を気づかう気持ちの表れでもあります。この記事は、その感覚を否定するものではありません。ただ、その感覚と「笑うことを完全に手放す」ことは、別の話だとお伝えしたいのです。
2つ目|笑うことが心と体に与えるとされている働き
笑うことが心と体に与える働きについては、これまでにいくつかの研究や記録が報告されています。特定の病気を治す・防ぐといった断定的な話ではなく、あくまで一つの生活の工夫として、以下のような報告があります。
米国の雑誌編集者だったノーマン・カズンズ氏が、重い病を患った際に、笑いを取り入れた療養によって回復に向かったという記録は、医学誌に報告された事例として広く知られています。
日本医科大学の研究者らが1995年に行った実験では、落語を1時間聞いてもらった参加者の体の炎症に関わる数値に変化がみられたと報告されています。また、筑波大学の研究者らが2003年に行った実験では、漫才を鑑賞した後に血糖値の上昇がゆるやかになったという報告もあります。1991年に行われた、演芸鑑賞と免疫細胞の働きに関する調査でも、参加者の多くに免疫細胞の活性度の上昇がみられたと公益財団法人長寿科学振興財団の解説ページで紹介されています。
大阪府内のある自治体で行われた「笑い体操」の取り組みでは、参加した高齢者の医療費が減少したという報告もあります。いずれも、笑うことが病気を治療するという断定的な話ではなく、日々の負担をやわらげる一つの工夫として紹介されているものです。
3つ目|悲しみと笑いは、同時に存在してよいということ
ここで、一番大切なことをお伝えします。笑うことは、つらさを忘れることでも、なかったことにすることでもありません。悲しみや不安を抱えたまま、それでもふと笑ってしまう瞬間があってよい——その両方が、同時に自分の中に存在してよいのです。
そしてもう一つ大切なことがあります。この記事がお伝えしたいのは、あくまで「自分自身が、笑ってもいいのだと思えるようになること」です。つらい状況にある方に対して、「もっと明るく振る舞ってほしい」「元気を出してほしい」と、周囲が求めたり、強制したりすることはおすすめしません。笑えない日があるのも、当然のことです。
笑えなかったとしても、それは何も間違っていません。ただ、もし笑えた瞬間があったなら、それを責める必要はない——そう知っておくだけでも、心が少し軽くなることがあります。
4つ目|プロの笑いに触れるという選択肢
気持ちに余裕がない時、自分から笑いを作り出すのは簡単なことではありません。そんな時、落語・漫才・コントなど、プロが磨き上げてきた「笑い」に、受け身のまま触れてみるという方法があります。長年かけて笑いを届ける技術を磨いてきたプロの表現には、一人で無理に元気を出そうとするよりも、ずっと自然に気持ちがゆるむ力があるように感じます。
TVerなど、無料で見られる配信サービスでも、落語や漫才、バラエティ番組に触れることができます。テレビを見る機会が減っている今だからこそ、こうした手段を選択肢として持っておくのも一つの方法です。
笑いのツボは、人によって大きく異なります。誰かがすすめるものが自分に合うとは限りません。「これが正解」というものはなく、自分に合うものを見つけることが、一番の近道です。
現場での経験からも、専門的な知見からも、共通して言えることがあります。笑うことは、つらさを忘れることではなく、心と体を守るための工夫だということです。
「笑ってる場合じゃない」と感じる日があってもいい。その一方で、ふと笑えた瞬間があれば、それを責める必要もありません。
今日からできる、3つの小さな一歩
すべてを一度に見直す必要はありません。まずは1つだけ試してみてください。
「笑えない日があってもいい」と、自分に許可してみる
少しの時間だけ、プロの落語・漫才・コントに触れてみる
身近な人との、ささいな会話やちょっとした冗談を大切にする
まずは今日、少しの時間だけでも試してみるところから。それだけで十分な一歩です。
とらまるくんと考えてみよう
その通りです。笑うことは、義務でも、つらさを忘れることでもありません。
ただ、選択肢の一つとして、心のどこかに置いておいてもらえたら嬉しいです。
笑うことと心のケア よくある質問
大きな出来事の直後でも、笑ってもいいのでしょうか?
はい、笑うこと自体は不謹慎ではないとされています。ただし、笑いたくない、笑えないと感じる日があるのも、まったく自然なことです。無理に笑う必要はありません。
周りの人に、明るく振る舞うよう勧めてもいいですか?
この記事でお伝えしたいのは、あくまで自分自身が「笑ってもいいのだ」と思えるようになることです。つらい状況にある方に対して、明るく振る舞うことを求めたり、強制したりすることはおすすめしません。
笑いのツボが人と違っても大丈夫ですか?
もちろんです。笑いの感じ方は人それぞれです。誰かがすすめるものが自分に合うとは限りません。自分に合うものを見つけることが大切です。
プロの笑いでなければ効果がないのですか?
そうではありません。身近な人とのささいな会話や冗談でも十分です。この記事では、一人で笑いを作る余裕がない時に、気軽に触れられる選択肢の一つとして、プロの落語・漫才などを紹介しています。
なぜ現場経験と研究の両方を紹介しているのですか?
体験談だけでも、研究だけでも、どちらか一方に偏らないようにお伝えすることを心がけています。出発点の異なる複数の視点が同じ方向を示しているとき、その情報はより納得できるものになると考えているためです。
この記事のポイント
- 「笑うのは不謹慎」と感じるのは、多くの人に共通する自然な反応。
- 笑うことには、心と体の負担をやわらげる働きがあると、複数の研究で報告されている。
- 悲しみと笑いは、同時に存在してよい。周囲に明るく振る舞うことを強制すべきではない。
- 笑えない日があってもよく、無理に笑う必要はない。
- 一人で笑いを作る余裕がない時は、プロの落語・漫才・コントなど、気軽に触れられるものから試すのも一つの方法。
- 今日、少しの時間だけでも、無理のない範囲で試してみる。
まとめ
「笑ってる場合じゃない」と感じることは、決して間違った反応ではありません。多くの人が同じように感じる、自然な心の動きです。
それでも、笑うことには、心と体の負担をやわらげる働きがあると報告されています。悲しみと笑いは、同時に自分の中に存在してよいものです。周囲に明るく振る舞うことを求めるのではなく、まず自分自身が「笑ってもいいのだ」と思えるようになること。それが、この記事でお伝えしたかったことです。
笑えない日があっても、何も間違っていません。ただ、もし気持ちに少しでも余裕がある時は、プロの落語や漫才に、受け身のまま触れてみてください。それだけで十分な、心を守るための一歩です。
日常を整えることが、そのまま非常時の安心につながる。
とらまる
一緒に学ぶ仲間
白いしっぽの先がチャームポイントの、好奇心いっぱいのトラの子。わからないことは素直に「どうして?」と聞くのが得意で、みんなの「聞きたいけど聞けない」を代わりに聞いてくれます。
ふくぼう先生からもらった「まなびのスカーフ」が自慢です。
▶ とらまるのプロフィールはこちら ›
いただいたご質問は、今後の記事づくりの参考にさせていただきます
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